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■ 科学革命としてのソフトウエア革命





■著書
 「ソフトウエア危機とプログラミングパラダイム」( 1992年 発行 )  →  目次
  の12.3.1から引用



第12章 パラダイム雑感

12.1 科学革命としてのソフトウエア革命


ソフトウエア革命はいつ起こるであろうか。パラダイム論者ト−マス・ク−ンの「従来のパラダイムが行きづまり、危機的状況になったとき、新しいパラダイムが生まれ、科学革命が起こる」という科学史観を借りれば、ソフトウエア革命は、ソフトウエア危機が新しいプログラミングパラダイムによって打破されたときに起こると言える。

ト?マス・ク?ンの著書「科学革命の構造」は示唆的である。彼自身は、科学の発展が他の分野とは決定的に異なることをパラダイムという概念を用いて論証するのが目的であった。したがって、彼のパラダイム論を他の分野へ転用 することは彼にとって迷惑には違いないが、あえて、ソフトウエア革命を科学革命のアナロジで論じてみたい。

まず、ト−マス・ク−ンの科学革命、すなわち「専門家たちに共通した前提をひっくりかえしてしまうような異常な出来事」の構造を要約すると以下のようになる。(図12.1)

[パラダイムの確立] 一つの科学革命が完成すると、その立役者となったパラダイムに沿った通常科学が確立する。

[パラダイムの改良] 科学者集団の一人ひとりは、通常の研究活動の一環として、このパラダイムを用いて残された問題を解決するというパズル解きをおこない、パラダイムを整備する。

[解決困難な問題の発生] このパラダイムでは解決できない問題が出現し、このパラダイムの変則性の解決が重要課題となる。

[危機的状況の到来] このような変則性が多発し、かつこれらの解決困難性が科学の発展の障害となる危機的状況が生じる。

[新パラダイムの出現] 視覚の転換を促す新しいパラダイムが出現し、この危機を打開するパラダイム転換が起こる。

[新パラダイムの確立] 科学者集団が新しいパラダイムへ移行/改宗し、科学革命が完成する。

このような科学革命を繰り返しながら科学は進歩していくというのがト−マス・ク−ンの科学史観である。ト−マス・ク−ンは、パラダイムを「一般に認められた科学的業績で、一時期の間、専門家に対して問い方や答え方のモデルを与 えるもの」と定義している。

さて、ト?マス・ク?ンのパラダイム論の紹介はこれぐらいにして、本題に入ろう。本題とは、臆面もなくこの科学革命の構造のアナロジとしてソフトウエア革命を語ることである。まず、本書では、プログラミングパラダイムを 「プログラムの作り方に関する規範、すなわち、プログラムの設計手順やプログラムの構造の決め方、プログラムの記述方法を規定するもの」と定義する。これまで種々のものが提案され、その一部は実用になっている。多くの場合、 各プログラミングパラダイムに対応するプログラミング言語や設計ツ?ルが提供される。

先の科学革命の6段階に対応させると、ソフトウエア革命は次のように進展する。 [パラダイムの確立] 最初のプログラミングパラダイムである手続き型パラダイムの出現は、フォン・ノイマンが提案したプログラム内蔵方式の最初のコンピュ?タEDSAC−1が1949年に完成した時にさかのぼる。コンピュ?タへの命令を1ステップずつ手続き的に記述するというプログラムの作り方は、その後の半世紀近くの間、まったく変わっていないのである。

[パラダイムの改良] その間、手続き型パラダイムは、その時々のプログラムの作り方に関する課題を解決するために発展してきた。最初は、効率良くプログラムを作るためにアセンブラ言語や高級言語が開発され、デバッガやエディタなどのツ?ルも作られた。さらに、信頼性の高いプログラムをつくるために構造化技法が適用され、グラフィカルユ?ザインタフェ?スを用いて使い勝手の良いプログラム開発環境が普及し始めた。

[解決困難な問題の発生] 従来の手続き型パラダイムでは、新しい社会的ニ?ズに対応できなくなってきた。ソフトウエアの生産性の向上が重要課題となった。

[危機的状況の到来] 規模と量と質の面からソフトウエア危機が深刻になってきた。

[新パラダイムの出現] 新しいプログラミングパラダイムが数多く提案され始めた。プログラミングスタイルに関するパラダイムシフト(パラダイム転換)の兆しが見え始めた。(現在の状況)

[新パラダイムの確立] 新しいプログラミングパラダイムへの移行/改宗が進み、ソフトウエア革命が完成する。

筆者は、第6段階のソフトウエア革命の完成がいつになるかを知らない。新しいパラダイムに移行して革命をもたらすのが伝統的ル−ルに縛られない若い人たちであることだけは確かである。