修士論文の研究会発表   →★★★原本PDF

##### 電子通信学会 オ-トマトン研究会 資料、A70-76(Dec.1970) #####

{後・評 15.8.22}参考文献の2番目にあげた「ヴィゴツキ−:思考と言語」の学習モデルが下記の文献で引用されている。
  ・人工知能学会誌の2015年7月号の特集「学習科学と学習工学のフロンティア」の中の論文:
   「他者からの学びの支援」(pp.469-472)

{後・評 14.7.12}参考文献の2番目にあげた「ヴィゴツキ−:思考と言語」が下記の文献で引用されている。
  ・人工知能学会誌の2014年5月号の特集「汎用人工知能(AGI)への招待」の中の論文:
   「人間レベルの汎用人工知能の実現に向けた展望」(pp.241-257)
  ・ヴィゴツキ−の理論について:
   「思考力は発話を獲得する(声に出して考える)ことから始まり,それが徐々に内面化する.」
   「発達プロセスを,道具や言語,本,共有環境などの文化的産物を手にして利用の仕方を身に付けている他者との社会的相互作用の文脈で考えた.」

{後・評 08.3.8}参考文献の2番目にあげた「ヴィゴツキ−:思考と言語」が下記の文献で引用されている。
  ・加藤浩:もう一つの教育評価、人工知能学会誌、vol.23, no.2, pp.163-173 (Mar. 2008).
 本論文によれば、「1980年代にカリフォルニア大学サンディエゴ校のM.Coleが自著で紹介したことが再評価のきっかけとなったといわれている」ということで、この文献の引用も1986年出版の英語版である。本人は1934年に37歳で亡くなっているので、私の読んだ日本語の翻訳が出版された1962年ごろには、日本ではすでに再評価されていたことになる。私も、修士論文の研究で、1970年には、再評価していたのだが…

{後・評}参考文献の2番目にあげた「ヴィゴツキ−(柴田訳):思考と言語」は その後、絶版になったが、最近(2001年)、新読書社から新訳版が出ている。 明治大学の図書館に最初の明治図書の上下2セットがあるのを見つけたときも感激したが、 修士論文では、「内言」、「自己中心言語」などに注目してモデル化した。

{後・評}参考文献の3番目にあげた「アンリ・エー(大橋博司訳):意識」は その後、最近(2001年9月10日)復刊が出ている。 これも明治大学の図書館にあるようだ。

{後・評}「養老孟司:バカの壁,新潮新書 2003」の「脳内の一次方程式」関連:
引用その1:
「五感から入力して運動系から出力する間、脳は何をしているか。 入力された情報を脳の中で動かしているわけです。この入力をx,出力をyとします. すると,y=axという一次方程式のモデルが考えられます. 何らかの入力情報xに、脳の中でaという係数をかけて出てきた結果、反応がyというモデルです」
引用その2:
「楽をしたくなると,どうしても出来るだけ脳の中の係数を固定化したくなる. aを固定してしまう.それは,一元論のほうが楽で,思考停止状況が一番気持ちがいいから.」
  ↓
この学会発表論文での類似部分:
「最後の期間(高齢期)は、散発的(10回に1回)な乱入力をきっかけにした内省で、自分の考えを整理、強化していくので、E(学習エントロピー)はしだいに減少し、入出力は一対一対応に近づき、D(学習度)は或る程度増加して飽和する。」
  ↓
***要するに、高齢化と共に、思考がワンパターン化してしまう。***

{後・評}この論文の最後に、快、不快の度合いを判断機能として導入し、思考の質の向上を図ることを提案しているが、その後、「小松左京:虚無回廊I」(徳間文庫、原本は1987.11発行)のp.144に以下のような類似の概念が出てくる。
引用:
「喜怒哀楽といった“感情”の問題は、暫定的に解決して組み込みました。ベースに快・不快決定回路をおいて、自己意志励起発信中枢に、判定、制御ループとしてくみこみずみです。」

{後・評}修士論文審査会の懇親会で、F教授から「君の研究は”学習エントロピー”という概念を導入したしたところが特徴だね」といった内容のコメントをいただく。

(注)以下は、昔の印刷物から音声入力(数式の表記は不正確)
<キーワード:学習エントロピー、ヴィゴツキー、討論学習、デルファイ法>

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思考過程のシミュレーション

― 討論学習他2,3の例について ―
Simulation of Thinking Process - In case of Learning by Discussion, etc. - 中所武司,斎藤正男(東京大学 工学部) Takeshi Chusho and Masao Saito 1970年12月22日
1.はじめに

 思考に関する問題は古くから研究されているが、まだ暗中模索の状態である。心理学では、連合主義の立場から、記憶や学習における連想の問題を扱ったものは多いが、思考の本質に迫る研究は少なく、哲学・精神医学の分野でも同様である。その理由の一つは、「考えることを考える」という一人2役的困難さのために、一方の役を熱演しすぎると、他方がおろそかになるからであろう。一方、工学的分野では、人間の思考の中でも論理性の強いゲームを行うシステムなどの研究がなされている。

 本論文では、思考言語に注目し、それを意識の面からとらえ、大脳におけるエネルギー分布の集中化作用とし、他方、集中したエネルギーの拡散化作用を連想機能として、これら両作用の交互反復過程を思考過程と考えた。そして、その観点から、思考のモデルを作成し、討論学習、思考の発達段階およびパターン類別の決定機構にも似たデルファイ法の計算機シミュレーションを行った。

2.拡散と集中による思考のモデル

 思考の基盤には、意識と連想があり、前者を集中関数g、後者を拡散関数fで表現して、図1のような系を考えた。系はn個の言語表現可能な概念を持ち、入力、状態、出力はn次元ベクトルI、Q、Oとし、qiは概念iの想起度で、qi=1とする。ij、okは0か1で、1のときはその概念の言語表現を意味する。拡散関数には線形を用い、

S=f(Q, I)=(M+N(α))・(Q+β・I)。

n次正方行列Mは、過去の経験学習で決まり、概念間の連想度を表し、n次正方行列N(α)は、その元がすべてαとし、αの符号および値により連想の性質を表す。βは入力への注意度を示す。g:Q=g(S)は、Sの各元のうち、相対的に大きい値をより大きく、小さい値をより小さくするもので、gの選択が覚醒度を表す。h:O=h(Q)は言語化関数で、qi>Tのとき、oi=1、他はoj=0とし、fgサイクルの中で十分に概念化されたものだけが出力になる。さらに、oi=1ならqi=1とする。これは、思考言語は明確には言語化されないが、音声言語化されるときは明確だからである。

3.討論学習のシミュレーション

このモデルを用いて、図2のように討論させることができる。討論時の学習は、次の3種を考え、学習効果は、Mの元の変化による。

 L1型:時刻tにok、t+1にojが1ならば、mjk → mjk+δ1。

 L2型:時刻tにok、t+1にijが1ならば、mjk → mjk+δ2。

 L3型:時刻tにik、t+1にijが1ならば、mjk → mjk+δ3。

  まず、自己主張意欲の強い論争のような場合を考え、自分が発言して相手が答えないときはL1型、相手が発言して、自分が答えなかったときはL3型の学習を行うことにした。討論の評価関数としては、2個のモデルを1、2として、次のようなものを用いた。

 L12=√(mij(1)-mij(2))**2

学習エントロピー Es=(i=/=j)mijlog2(1/mij); S=1, 2

および、n個の問題{I}={ij=1、他は0; j=1,,n}を入力として、応答出力をみるテストを行い、その結果に基づく評価として、

説得度Xs=(自分の、初期応答から変化していない答えの数)

+ (自分の初期応答に転じた、相手の答えの数); S=1, 2

共通応答数Y=両者の同じ答えの数

平均応答速度Zs=応答までのfgサイクル数の平均

従って、L12、Yは討論の有効性、Es、Zsは学習効果、Xsは説得力を表す。モデルは、n=10、β=1、δ=0.02、gは2乗正規化関数、α=0、T=0.5を用い、討論は先の問題入力10問について、10サイクルずつ行わせたものを1回分とした。図3では、EとYは1/10に縮小している。(a)は両者の価値観の相反的場合で、Yが0から6になり、討論は有効で、X1=12、X2=3という結果は、モデル1が2を、説得した形になっているが、これは、Eが1の方が小さく、それだけ、自分の考えが整理されているためである。(b)の方は、L12の初期値が非常に少なく、両者が類似した価値観を持つ場合で、E1、E2ともに大きいため、テストで無応答が目立ち、z1=6.6、z2=6.4であった。しかし、10回の討論後には、z1=1.9、z2=2.2で、Y=8となり、非常に討論は有効であった。なお、X1=4、X2=6で、(a)のような一方的な説得はなかった。

 次に、少年時代のように、学習意欲の大なる場合を考え、自分の発言に対する相手の応答を学習するL2型を用い、特にここでは、種々のパラメーター変化による性格面の表現を試みるため、討論相手は学習しないことにした(例えば、少年と大人の場合)。結果を図4および表1に示す。(a)は、各変数が前述と同じモデルを用い、これを正常の場合と考え、(b)以下では、この変数を一つだけ変化した。すなわち、(b)ではβ=3、(c)ではα=−0.2、(d)では、gとして1.5乗、(e)ではT=0.7、(f)ではδ=0.01, (g)ではβ=1/3、(h)ではgとして2.5乗、(i)ではT=0.6。グラフにa〜eを示し、表1は各場合の1回目と10回目のテストの結果である。なお、討論相手は、常に正常モデルで、E=24.66, z=1.9、テストの答えは、問1から順に[25tt709365]。ただし、t=10で、0は無反応。

 (a)と他を比べると、(b)では入力の影響が大きいので、初めのうち、考えの整理ができず、Eは減少しない。(c)は、αに負の値を用いたので、Mの、小さな値の元は0になるので、連想の可能性が減少し、思考が単純になるため、学習効果は大きい。最初から、平均応答速度zが1で、条件反射的思考である。(d)は、集中関数を弱くしたので、十分な概念想起が困難になり、学習効果は悪い。したがって、討論後も、z=3.1で、遅い。(e)は、言語化を難しくしたため、自らの発言が少なくなり、L2型学習はあまり行わない。(b)、(c)で、L12が、一度、減少した後、再び増加しているのは、討論相手の価値観から遠ざかっているためではなく、Eの急速な減少と対応していることからわかるように、討論が、相手からの学習期間を過ぎ、自分自身の再構成期間に移ったことによると思われる。

4. 思考の発達段階のシミュレーション

 人間は誕生以来、周囲の人々との種々の型の会話の中で、学習しながら成長していくのであるが、その様子を、特に以下のように、各時代の特徴的対話形式に代表させて、シミュレートした。

 幼年期:具体的概念を個々に形成しつつ、相互の関係を学習していくが、それはニューロン学習に近いL1型で、[親]との対話

 少年期I:学校で教えることを無批判に学ぶL3型で、[先生]の講義

 少年期II:放課後などに、興味あることを周囲の人たちに積極的に話しかけて学ぶ。L2型で、[大人]との対話

 青年期:自己主張意欲が強い。L1, 3型で、[友人]との論争

 青年期以後:独り内省により考えを整理する。L1型でランダム入力

各時期の対話の相手は、図5のような価値観を想定し、各概念間の連想度が、その距離の二乗に反比例する理想的なM0を乱数で乱したものを用いた。すなわち、λを1以下の一様乱数、cを正規化定数とすると、[大人]、[友人]では、mij=m0ij・λ・c、[親]、[先生]はあまり乱さず、mij=m0ij(1+λ)・c。結果の一例が図6であるが、このグラフで、

 学習度D=√堯i=/=j)mij**2

なる評価関数は、学習エントロピーEが、出力の可能性(思考の柔軟性)の度合いを示すのに対し、学習の蓄積度(思考の固定性)を示す。例えば、決定オートマトンのように1対1対応の場合はE=0, D=√n。ただしnは状態の数。図6では、幼年期の初期行列は単位行列を用いたが、3, 5, 8の各行、各列はすべて0とした。結果を見ると、少年期1では、先生から一方的に知識を得るために、Eの増加は大きいが、頭の中で整理されないのでDの変化は小さい。その逆に少年期IIでは、すでに得た知識をもとに、自分の考えを発言しながら学習するので、Eの変化は小さいが、Dは大きく増加している。青年期では、討論の相手が同じ価値観を持つために、E, Dともに大きな変化はないが、異なった価値観の相手を選んだ場合は、自分の考えの弱い部分が補われ、自信のある所は強化されるため、Eは大きく減少し、Dは増加した。最後の期間は、散発的(10回に1回)な乱入力をきっかけにした内省で、自分の考えを整理、強化していくので、Eはしだいに減少し、入出力は一対一対応に近づき、Dは或る程度増加して飽和する。図6の下表は、各段階で行なったテストのうち、問1, 2, 3の答えを応答時間(応答までのfgサイクル回数)である。問1, 2の答えは、図5からわかるように、最終的には[3]になるべきだが、少年期IIの討論相手の、問1に対する答えが所要時間9で[5]であり、問1に対してほとんど発言しなかったために、問1の答えは、[3]にならなかった。問2の場合は順当である。問3の答えは[1, 2, 4]で、順当である。応答時間は、Eの大きなところでは、やはり長くなっており、青年期以後、Eの減少したところでは応答時間は1が多い。

5. デルファイ法のシミュレーション

デルファイ法は、技術予測の有効な手法の一つであり、従来のように何人かの識者を集めて、自由に討論させると、個々の参加者の性格などに影響され、時間を経るほど不正確な結果に終わるという欠点を除くために、参加者の意見は、アンケートで提出し、その集計結果を参加者に知らせ再び意見を聞くという方法で結論を導くのである。参加者が2回目以降の回答において、前回の集計結果をどのように反映させていくから鍵になるのである。本文では、思考モデルを10個用い、図7のように、シミュレートした。問題入力をI、各モデルPの回答出力をOp、集計結果をR=Opとする。k回目の集計結果による各モデルの学習は、次のように、自分の考えと全体の考えの積に比例させて行なった。

 a(k+1)ij=a(k)ij+δ・q(k)i・ri・ij・a(k)ij/il・a(k)il

モデルには、セクション4で作成した[大人]を用いた。入力[0100010010]の場合を表に示す。表2は、この入力に対する出力の期待値で表3上はT=30、δ=0.4の場合で、結論が徐々に[3]に集まっている。Tの値を或る程度大きくする方が、期待値の最も大きな所に収束する傾向にあり、これは、モデルが十分に概念想起したときだけ答える場合で、回答者の慎重な態度の重要性を示している。

6. おわりに

 拡散と集中による思考のモデルを用いて、三つの応用例を示したが、大体妥当な結果を得た。このほかにも、種々の型および程度を有する失語症(特に超皮質性失語)のモデル解析などを試みている。一方、このモデルの質的向上のためには、ここで考えた、思考の下部構造としての、意識、連想のほかに、上部構造としての、判断機能の導入が必要である。1方法としては、思考過程のなかで、次々と想起される概念が付帯している、快、不快の度合いの蓄積されたものとして考えることができる。

参考文献

1) 中所、斎藤:簡単な思考モデルによる討論学習効果について、昭和45年電子通信学会全国大会、231。

2) ヴィゴツキー:思考と言語、柴田訳、明治図書、1962。

3) アンリ・エー:意識、大橋訳、みすず、1969。


p.10

p.11

p.12

p.13

表紙

p.1


(中略)

p.8