{後・評}時代背景:本レポート受理日(1968.10.25)から推測して、
      執筆は、1968.10.21の新宿騒乱事件の前後と思われる。

{後・評}時代背景:本レポート受理日(1968.10.25)の前日の日付で,
      最後に「10月24日 チャスラフスカの優勝を喜びつつ」と記しているが,
      そのチャスラフスカは2016.8.30に亡くなったとのこと.

(注)手書きの文章を音声入力。
   実物は、卒業論文と合わせて製本され、大学の図書室に保管されている。    → 全文はこちら(PDF)
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実習報告書


所:日本国有鉄道 東京電気工事局 東京第3電気工事所 上野詰所

時:昭和43年7月15日?8月10日



昭和43年10月25日 受理


電子工学科4年 No.2436 中所武司



  目次

  1.期待したこと 「ああ! 実習」

  2.感じたこと  「雰囲気」

  3.学んだこと  「実習内容」

  4.考えたこと  「合理化」

1.期待したこと

 我々の考える技術とは書物、新聞を通してのものである。我々の考える工学とは教室の中でのものである。そこで我々の発する問は「自分にとって技術とは何か」というきわめて主観的な問である。そして、それゆえに、その答えはいつも自己完結的である。私は5月祭において、「技術革新と合理化」に取り組む中で、このようなものの考え方の無力さ、言い換えれば、自分自身への説得力のなさを、いやというほど思い知らされたのである。自分には何かが欠けているような気がしたのである。そこで先に述べたように自分の中で完結してしまった輪をぶち破るものとして、この実習に、その何かを期待したのである。

 しかし、正直なところ、実習の始まる前に、どこまで目的意識を明確にしていたか、また実際にどれほど意欲的に実習に取り組んだかは、きわめて疑わしいことをここで告白しておかねばなるまい。

2.感じたこと

 7月31日午前零時、幾多のランプが霧雨を照らしだす中で、数十名の作業員の点呼が行われていた。場所は、東京第3電気工事所川口詰所前である。今日は、赤羽?大宮間3複線化工事の一環として、川口駅?西川口駅間の線路の切り替え、およびそれに伴う信号系統や架線の変更、そして、プラットホームの改修が行われるはずである。0時55分、最終電車の通過後、直ちに作業が開始された。まず土木関係の作業員によって、西川口駅プラットホームの端が斜めに切断されてゆく。そして、そこから少し離れたところで、昨日まで使用していた線路が切断された。そして、鉄のてこ棒を持った保線区の人たちが30人ほどで、掛け声とともに、まくら木の付いたままの線路を、先ほど切断されたプラットホームの方へ移動していく。線路は、みるみるうちにアメのように曲がる。「ヤッコォ,ヤッコォ,ヤッコォ,・・・」彼らのすぐ頭の上では架線の付け替え作業が行われている。長い竹ばしごをするすると駆け上った数人の人々が地上と大声で連絡を取りながら、手際よく作業を進めてゆく。

 一方、二つの駅の間の線路上にぽつり、ぽつりと見える灯りは、信号機の移動と試験が行われていることを我々に知らせてくれる。いつの間にか時計は3時を回っている。霧雨ももうやんでいる。先ほどアメのように曲がりくねっていた線路も、今は滑らかな曲線を描き、昼間から準備されていた新しい軌道と連絡していた。いよいよ作業も大詰めである。西川口駅から川口駅のほうへ線路伝いに歩いていくと、途中で何度か川口駅にある信号扱い所と連絡を取りながら信号の試験をしているのに出合った。川口駅に着くと、信号扱い所では、長椅子に寝ている一人の職員の横で、二人の人が西川口駅のほうを眺めながら電話連絡をしている。隣の継電器室でもリレーの試験が行われていた。東の方が少し明るくなったころ、信号系統の試験が終わり、これで今日の作業はすべて終了した。あとは1番電車を待つだけである。

 この作業に参加した一人一人がどんな気持ちでいたのか私は知らない。薄暗いランプの光に照らしだされた顔から、その表情を読みとることはできなかった。そこで私は「働くこと」の力強さを知っただけである。労働の何たるかを感じ取っただけである。

 私が川口詰所へ帰ると、祝い酒が出された。冷やっことコップ酒。しばらくして、みんなにお礼を言って、そこを去った。私の乗った電車は新しい軌道を走っていた。

3.学んだこと

 今まで上野駅は信号の取扱い所が1カ所に集中していなくて、例えば、線路の切替を手動式の転てつ機で行ったり、列車の入れ替えなどの時は、信号旗を使ったりして、非能率的であり、安全性があまり高くなく、その上、人手がかかるため、信号系統の扱いを1カ所に集中して、押しボタンによって、目的の進路を自動的に選別させ、それに伴う信号の表示や、安全のチェックをも自動的に行なうようなシステムにする工事を、今、私のいるところで行っているのである。

 このシステムの主要な回路は進路選別回路、すなわち、目的とする進路上のすべての分岐点において、使用しない方の軌道をすべて切り離していく働きをする回路であるので、まず、この電気結線図から述べていくことにする。

 別表

No.1では、留置4番線から北部引き上げ線

No.2では、北部引き上げ線から16番線

No.3では、16番線から青森方

への進路選別の電気結線図の動作状態を示したが、ここではNO.3を例にして、説明してゆくことにする。

  記号
  NR:転てつ定位選別継電器
  RR:転てつ反位選別継電器
  CR:進路選別継電器
  PR:押釦継電器
  YR:てこ反応継電器
   R:中央定位式信号てこの右方反位点
   L:中央定位式信号てこの左方反位点
   N:てこの定位点
   P:押しボタン用
   B:直流回路陽極
   C:直流回路陰極

**中略(本文4頁分と添付資料3頁分)**

 これまでの話で気がつかれたと思うが、ここでの信号制御はほとんどリレー回路だけで押し通していて、容量、スピード、信頼度などの点でまだ問題は残されている。

 もっとも、信頼度については、fail safe(安全側への誤り)ということが常に考えられており、先に話したリレー回路において断線、短絡などの事故があれば、常に信号が赤になるような設計がなされている。

 なお、容量、スピード、信頼度、の問題の改善のために、今,鉄道技術研究所では、電子計算機を用いた電子連動装置が開発されているが、まだまだ実用には時間がかかるようである。というのは、今、登戸で試験している試作機を見てみると、

・電源に真空管を使っているために信頼度がよくない。
・時間のかかるような制御だと1000ステップもかかるものもあり、1ステップ1msとしても1秒かかってしまって、スピードアップできない。
・真空管の発熱のため、密閉された内側は50?60度にまでなり、素子の寿命が低下する。

などの欠点がある。
(↑当時の登戸駅付近)

4.考えたこと

 この信号の集中制御化の工事に関して、二つの疑問点があった。その一つは、こんなリレー回路ばかりで組み立てられているシステムなら、もっと以前に実用化できていたのではないかということである。そして、もう一つは、現在なら、何も、ある決められた時刻に、人間が、てこを倒し、押しボタンを押し、列車通過後にまたてこを戻すというような操作をやらなくても機械的に可能であるのに、なぜ完全自動化にしなかったかということである。その疑問を解くのは、次のような不等式である。人件費<設備投資。前者の疑問については、以前は、現在ほど人件費が高くなかったこと、また後者の疑問については、現在では、まだ設備投資が高すぎることがあげられる。そして、現在のような形で信号の集中制御化が行われることに決定した唯一の理由は、先の不等式における不等号の向きが変わったということ、すなわち人件費>設備投資であるということにほかならない。

 ここ数年来、国鉄では経営合理化が叫ばれている。また、最近「5万人合理化」という言葉をよく耳にする。そして、我々は「合理化」という言葉に何か抵抗を感じる。しかし、考えてみれば、合理化は当然のことである。これゆえにこそ、まさに近代は近代たりえるのである。初期における近代合理主義精神の確立を否定しては、現在の我々の存在はあり得ないのである。しかし、それにしても、このことと「5万人合理化」とが異質のものとして感じられるのはなぜだろうか。それは、初期においては合理化を促進していくのは近代合理主義精神であったということ、すなわち主体としての人間であったということ、そして現代において合理化を促進していくものは、人件費>設備投資という不等式、すなわち、資本の論理であるということのためであろう。

 現在では、組織にとっては、人間は、人件費を食って働く機械的動物でしかないのである。実習中、某所へ見学に行ったとき、機械のある部屋には冷房装置があるが、事務室にはそんなものはなかったことは、このことをよく示している。そして、人間=人件費という人間観のもとに、大量にサラリーマンが出現し、彼らはマイホーム主義へ向かわざるを得ない状況にある。

 しかし、私は、ことさら、悲観的態度をとるつもりはないし、また一面的なものの見方をしようとも思っていない。だが、<2.感じたこと>において述べたように、夜間作業の中で、労働は人間にとって何か本質的な意味を持っていると感じたことと、それにも関わらず、労働=人件費という人間観が事実として、支配的であるということの間にある深い溝を思わないわけにはいかないのである。この絶望的な断絶こそが、現代の悲劇的な状況を作り出しているではないだろうか。

10月24日 チャスラフスカの優勝を喜びつつ  中所武司

**添付図面3ページ分省略**